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外国人「日本では1000年以上もの間4本足の肉を食べることを禁止していたらしい…」【海外反応】

2014.10.18 Sat

外国人「日本では1000年以上もの間4本足の肉を食べることを禁止していたらしい…」【海外反応】






食事制限はもともとは仏教の影響だが文化的なものと飢饉の時のために動物を守っておくためだったかもしれない 1868年の明治維新以来新しい日本のリーダーは古い社会的は慣習を捨てて欧米の新しい文化を受け入れようとしてきたからだね





↑一般的に仏教には食事制限はないよ (チベット人は肉はなんでも食べる事を思うと)食事に制限があるのは政治的,社会的な方針だね 何が理由かわからないけど天皇は魚と穀物を食べる事を推奨して家畜、を飼う事を喜ばなかったんだね その後こうの方針は宗教と結びついて更に厳しくなっていったんだ





↑土地、土地のせいよ 日本の本の少しの場所しか農耕にむいてないから 牧草地に使われたのは米栽培に適さないとちだけだからよ





↑もちろんだね 人口密度が高くて農業に適した土地がないところでは大規模な畜産はむいてないからね





↑チベット人の仏教徒が肉を食べるのは変な感じだね 殺生が禁止されてるから でもチベットは環境が厳しいから 食べないと死んでしまうのかも だから18世紀頃までは肉屋は排斥されてたものね 
でもこれは中国になる前 純粋なチベット分かの事をだから 今のチベットはKFやダンスクラブでいっぱいらしいけど





↑これがヒンドゥー教の人が肉を食べない理由らしいよ 干ばつの時に肉を食べて雨期が来たらやめるってしてたんだけどだんだんと肉食はなくなってしまったっていう





日本は島国で農耕に適した土地は少ししかない 家畜を育てるには広い土地がいるしそれよりも米や穀物を栽培する方がたくさん収穫できる 今では農耕技術がよくなっていろんな物ができるようになったけども 肉食をしないタブーは鶏が先か卵が先かって言う感じだね わざわざこの法律を作ったって言うよりも 穀物、野菜、魚介類って言うのが手に入りやすくてもともと日本人が食べていた物だったんだ





1868年よりも前の日本の牛は後ろ足で歩くように教えられたんだ





↑牛を二本足で歩かせるのは難しいでしょうね





二つ足はよくて四つ足はだめ





日本人のある世代の日本人が牛を二本足で歩かせようと必死になってるところが目に浮かぶよ





四つ足の動物を食べるのには全く問題ないけどコウモリを焼いて食べようとしたら「おかしい」っていわれたわ





↑エボラ熱になるよ 感染源なんだからね





↑良く洗えば大丈夫よ





↑おいしい洞穴のチキンだね





ウサギの数え方が鳥と一緒だってしってる? なんでかっているとウサギは空中に浮いてる時が多いからだって 肉を食べる抜け道だよね





本当に? ウサギを鳥として数えるのは食べるため? 二本足で跳ねるから?





↑ウィキペディアによるとそうだね  http://en.wikipedia.org/wiki/Japanese_cuisine#Meat_consumption
特に否定的な事でもないみたいだけど





オーストラリアを植民地にしていたらカンガルーを輸入できたのに





寿司の起源は全くこれとは関係ないよ 日本の地理を見てご覧 土地が畜産にむいてないんだ 島国だからね 自然と漁業が盛んなんだよ 寿司はもともと発酵食品としてつくられてる 魚は酢でしめられた米と一緒に保存されて 1カ月以上たってからしょうひされた 最近になるまで今の形の寿司はなかったはずだよ 今の寿司は労働者のための屋台で売られたんだ
http://iml.jou.ufl.edu/projects/fall09/smith_j/history.html









http://www.reddit.com/r/todayilearned/comments/2jb9lg/til_prior_to_1868_eating_meat_from_four_legged/
­
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コメント

*No title

寿司って江戸時代あたりじゃねーの

*No title

古代には牛も食べられていたが、天武朝に牛・馬・犬・猿・鶏を食用とすることが禁じられた。
『涅槃経』でも禁止されているが、食べて穢になるという思想の影響も大きい。
時代が下ると犬・猿・鶏は食べられた形跡があり、江戸時代には鶏も食べられるようになるが、世話が大変で感情が絡むので牛馬食は近代まで忌まれた模様。

>一般的に仏教には食事制限はないよ 
大乗仏教は上座部に比べて厳しい。

*

家畜は労働力だから
猪とかウサギ、鳥などの害獣はくってたよ

*No title

この話は初めて聞いた
イメージ的には猪や鹿など狩って食べてたイメージあるんだけど

*No title

仏教と一絡げにされてもね、色々あるから。
あと、牡丹鍋とかあるし、猟師が獲ったウサギやキツネ、クマなども毛皮や肝だけとって捨ててた訳ではない。
農耕、荷役用の牛馬だって、死んでしまったら河原者に渡してた。
河原者はそこから骨や皮を作ってた訳だが、肉や内蔵を捨ててた訳ではない。

*No title

二本足で歩く牛は災いを起こす件でしょ、こええよ。

*No title

ももんじや「・・・・・・」

*No title

宗教絡みってのは無い事もないが、どっちかって言えば食用牛が居なかったからだな
牛は基本農耕用だったから

*No title

※1
現代の酢を混ぜたシャリに刺身を載せた形のは江戸時代だけど
それ以前は「なれ寿司」のように乳酸菌発酵で酸味を出すのが普通の寿司の形だったんだよ
※4
わざわざ人工的に繁殖させてまでは食べなかった、ということだと思うよ

*No title

食ってたよ。
確かに禁忌としてゆるい制約はあったけど。

牡丹だとか桜鍋だとかはありゃ薬膳料理と言う名の抜け穴って話。
戦国時代の武将は思ったよりも身体大きいやつ多いのよ?
理由は軍事訓練の鷹狩やらで獣肉が普通にされてるから。
江戸時代は逆に 身体が小さくなってくるのは皮肉だけどね

*No title

進化論と合わさって天理教では四つ足食いは共食いって言われてんだっけか。
なんか一理あるようなないような

結局鯨は哺乳類だからやっぱ共食いになるじゃん・・・と言う

*

家畜を食べるのが禁忌だったんだよ。
野生動物は、薬として食べていた。食べると穢れるから、食べた後は物忌して引きこもったりしてたみたいだけど。

*No title

初めてきいたて・・・何歳なのかお聞きしてもよかろうか。参考まででいいから。若いんだよね?

今は国語のノートの後ろとかにこういう逸話とか書いてないのかなあ?

*No title

犬猿猪とかは食べていた、何故なら野山を荒らすから。
家畜として買って食う風習はない。というか飼ったら情が移って食べれなくなるしな。
けど田畑を荒らす獣は狩らないといけないので、狩った後は勿体無いから食べていた。

*No title

かなり昔から獣肉に制限があったのはほんとだよ。
西暦500年とかそんくらいから家畜動物は一応食べるのを禁止されてた。
狩猟で取れる 鹿、猪、鳥なんかは普通に食ってたけど。

特徴としては安定期になると禁忌が強くなり、戦争時は緩くなってる。
だから戦国時代は肉をどかどか食ってる人がいた。
逆に江戸時代は厳しくなって、上流階級は肉を食わなくなってた。
庶民は食ってたけど。禁止されてて、言い逃れるために 猪→山鯨 鹿→紅葉 馬→桜肉
とかいってたりしたんだよね。

あと九州の一部では豚を食ってて、その辺の地域の人間だけ異様にデカかったんだよね。
そのせいか幕末の薩摩藩士はすげえ体格のいい人が多かった。
欧米人並みの身長の人もいたらしいし。

*No title

>一般的に仏教には食事制限はないよ

時代によるし宗派にもよるし立場にもよるのにせまい今の知識で一般的にといわれても困る

釈迦の生きてたときすでに仏教者に対する食事制限をはじめたんだよ
だから釈迦もあるときからお布施という形でしか食べてない
食べれるけど自分では殺生しないというスタイル
最初に動物から範囲はいろんなものに拡大していった

だから日本のように国民へ仏教が広く普及した場合、誰も何も殺さないで布施に頼る側になるということはできないので日本の場合は一転して全員に植物や魚などは許すという方向性になった
今でもチベット仏教のブータンなどは少なくともいまだに肉屋はチベット人ではなくネパール人がやってる

*No title

天武4年(676年)4月17日に肉食禁止令と言うのが出されて、4月1日から9月30日までの間、稚魚の保護と五畜(ウシ・ウマ・イヌ・ニホンザル・ニワトリ)の肉食の禁止が定められた。その後何度も改定されたけど、基本的に農業や狩猟に役立つ家畜と人間に近い猿の禁止で、農業的に害獣である猪や鹿は認められていた。
時期によって範囲は変わったり、事実上無視されていたりするけど、基本はこの肉食禁止令が明治に取り消されるまで有効な法律だった。
仏教に関してはインドでは肉食は禁止して無いが、中国では禁止され、中国経由の日本仏教でも禁止。
但し日本の坊主は腐れだらけなので肉食飲酒女犯とやり放題だったのはご存知の通り。

*No title

チベット仏教と大乗の違いも分からないガイジンにウィキ片手に語られてもな
redditって上から目線で4ch馬鹿にしてるけど結構あれなのなw

*No title

>犬猿猪とかは食べていた、何故なら野山を荒らすから。

おいおい、犬が畑を荒らす?サルやイノシシじゃないぞ。
ホント適当なこと流すのがいるよな。
「犬は肉食」!オオカミ見れば判るが獲物を狩るんですよ。

*No title

Wikipediaより
ももんじ屋とは、江戸時代の江戸近郊農村において、農民が鉄砲などで捕獲した農害獣の猪や鹿を
利根川を利用して江戸へ運び、その他犬や猿、牛、馬など牛肉、馬肉等を肉食させたり、売っていた店のこと。
表向きは肉食忌避があったから、これらを「薬喰い」と呼んだ。猪肉を山鯨(やまくじら)、鹿肉を紅葉(もみじ)などと称した。 猪肉を「牡丹」、鹿肉を「紅葉」と称するのは、花札の絵柄に由来する隠語の説もある。

彦根藩では第3代藩主・井伊直澄のころ、反本丸(へいほんがん)と称して全国で唯一牛肉の味噌漬けが作られており、
滋養をつける薬として全国に出回り、幕末まで幕府や他藩から要求が絶えなかったという。
これは近江牛が名産となるはしりとなった

*No title

電気のシステムが発明されて冷蔵、冷凍技術が進歩するにつれ
どこの国も食文化が変わってきてるはずよ?
アイスだって夏に食べられない時代あったし。
ずっと以前なら火を扱うようになってから肉の食べ方も大きく変わったろうし。

*No title

>チベット人の仏教徒が肉を食べるのは変な感じだね

チベットで肉を食うのは標高が高すぎて作れる作物が限られているのと、水が少なくて田畑を作るのに適さない土地が多いからだろ…
ダラ・イラマ猊下がお肉を召し上がると聞いた時はびっくりしたけどな
住んでる土地によって食文化が違うの当たり前

*

今の江戸前寿司は江戸時代の中頃だっけ?
江戸の街は男人口がとても多くて、外食産業が一気に発展した時期の話だよね。

*No title

被差別部落の概念ともつながる部分があるんだよ

昔は肉屋とか花屋とか皮製品に従事する人は汚れた職業といわれてた(今は関係ないだろうけど)

この職業差別は他の職業に関してもインドのカーストと共通した職業がアウトカーストとして選ばれてるから、やっぱり宗教的なものなんだよ
外人たちがいってるような、単純に島国云々の農業事情とは直接関係ない



*No title

古事記には豚飼いが出てくる、古代日本では豚も食ってた
早い時期に廃れてるけどね
獣をコロすにしても毛皮の剥ぎ方ひとつにも決まりがあって、それを冒すことは穢れとされた

*No title

>チベットで肉を食うのは標高が高すぎて作れる作物が限られているのと、水が少なくて田畑を作るのに適さない土地が多いからだろ…

仏教以前に、元から農耕民ではなく、元々が文化的に山岳民族だったり遊牧民だからだよ
動物の乳でバターなどの高蛋白源だけで生きてて、後のものは町から来る物々交換が古代からの暮らしぶり
家畜は毛も皮も乳も肉もぜんぶ生活の一部だしね

今は普通に都会っこだけど

*No title

>日本人のある世代の日本人が牛を二本足で歩かせようと必死になってるところが目に浮かぶよ

黒船が来た当時の日本人って白人たちのことを「大事な牛を食い殺そうとする血も涙もない酷い奴ら」くらいに思ってたのはご存じないか

*

上座部仏教と大乗仏教の違いはちょっとカトリックとプロテスタントにも似てるかもしれないなぁ。
日本でより厳しく制限するようになったのは、穢れを忌む神道と習合したことが大きいんだろうね。

しかし魚や豆のような代替となるタンパク源がある場合、肉食を忌む風潮を社会に広めて畜産を奨励しないのは、食物生産が不安定な時代により多くのカロリーを確保して人間を生き残らせる方法としては悪くないよ。
豚肉1kgを生産するには穀物4kgが必要。牛肉なら10kg。カロリー比で言えば、肉食は5〜10倍の無駄が出るんだな。もちろんそう意図して行われたわけでなく結果論だけど。

*No title

>古事記には豚飼いが出てくる、古代日本では豚も食ってた

まあ、でもそれイノシシだったんだろうなあ
野生のウリ坊を一時的に遊びのように餌付けしてただけな気がする

*No title

徳川慶喜が豚一様なんてアダ名を付けられるくらいだから
明治以前から有名無実だったんだろ

*No title

欧州の方が飢餓ばっかりだったけどな
それに山があるから農耕面積が少なくなる、なんて的外れすぎ
どれだけ山の恩恵受けてきたと思ってんだ
山が少なかったら米の栽培地は逆に減ってるわ

*No title

インド系仏教の肉食はちょっと複雑で、禁止してるのは殺生であって、一方で食べ物は乞食(こつじき)として残飯を頂くものである以上肉であれなんであれ出されたものは喜んで頂くもの。だから三種の浄肉といって、「殺されるところを見ていない、自分に供するために殺したと聞いていない、自分に供するために殺したと知らない」肉なら食べていい事になっている。
詭弁のように聞こえるけど、残飯として出されたものを頂くのに肉は駄目とか言うほうがおかしいのでそういう事になってる。

*No title

ボタン鍋とか上げて日本人も4つ足食べていたとか主張する人が要るけど
この場合の論議は一般庶民の多くがが日常的に食べる習慣をもっていたかどうかだから。
そういう意味ではない。

日本人はヨーロッパの畜産やモンゴルの放牧など肉食食材を大量に生産するシステム風習文化は
持たなかった。(仏教の影響による)。これがポイント
牛馬は農民にとっては貴重な農耕をするたのための財産
だから一般庶民が通常の食材として口にする風習・文化jはなかった。
食材一部は狩人が市場に持ってくるので、一般庶民の人口に対してごく絶対量がなく市場には少量しかないのだから。


もちろんそういうものは、一部の食通や武家社会の一部(武家は戦時の食料として食べる風習があるし狩が軍事演習でもある)、そして農村でも飢饉や一部にはそういう風習はあるがおそらく信仰が強いのもまた農村部でもあるしな。

*No title

>日本でより厳しく制限するようになったのは、穢れを忌む神道と習合したことが大きいんだろうね。

いやたぶんインド文化との関係だよ
日本で当時からの穢れた職業ってのはインドの穢れた職業と完全に一致してる
肉屋や革屋は偶然の一致だとしても、花屋や洗濯屋まで当時から賎業とされたのは、インドが世界的に広げたインド的な価値観の一つで昔はヨーロッパでも同じような職業差別があった
職業差別は、そのままいやしい行いという意識と直結してるから、肉食も革製造も同じような意味で穢れだと思われてたんだよね

*No title

四足を食べると地獄に落ちると言って食べなかった。

コウモリを食べる習慣が無かった理由はわからないけど、狂犬病やエボラといった病原菌の自然宿主である
犬、サル、コウモリを忌避して食べなかったのは古代の人々の叡智だと思う。

*No title

飢饉の時はなんでも食ったがな

*No title

>教に関してはインドでは肉食は禁止して無いが、中国では禁止され、中国経由の日本仏教でも禁止。

いや、インドの仏教は肉食を禁止してなくても殺生をしてはいけないので、地域によっては自然にまったく動物はたべないよ
布施で暮らすのに他人からもらったものに肉がまじってるかどうかわからないから禁じれないだけということだよ

インドは今もそうだし昔からベジタリアンも大勢いる地国で、近代以降に西洋で流行ったベジタリアンではなく日本と同じで大昔から肉を食べない人たち
日本もその影響

*No title

>徳川慶喜が豚一様なんてアダ名を付けられるくらいだから

ってことはやっぱり豚を食べるのは一般的でも普通でもなかったってことの証拠なんだろうね

*No title

島国なのは関係あるのか?

*No title

四足を食べるのが禁止の時に、四足を食べ、その皮で物を作り売ってたのが
ヨツと言われた部落の事

*No title

元スレより※欄の盛り上がりが楽しい
みんな詳しいのな

管理人さん、いつもありがとうです

*

>肉屋や革屋は偶然の一致だとしても、花屋や洗濯屋まで当時から賎業とされたのは、インドが世界的に広げたインド的な価値観の一つで昔はヨーロッパでも同じような職業差別があった

「日本の肉屋・皮屋の職業差別がインドのカースト制度由来で肉食に対する禁忌もそこに関連している」という論理を成り立たせるためには、ヨーロッパとインドにも日本と同じような肉食への禁忌意識が根付いていないといけない。対偶証明が成り立たないから。

まあ被差別職が幾つか共通してるのは面白いことだけど、たとえば鋳掛屋など鉄を扱う職業への差別はインド・ヨーロッパ・日本・モンゴル高原などに共通するが、日本・インド・ヨーロッパにある畜類の肉や皮を扱う者への禁忌意識はモンゴル高原にはない。
職業差別と一口に言ってもこのように差異があるので、インド文化がユーラシアおよびユーラシア近縁の国に広まったためだと言うには無理がある。

*

彦根藩は牛肉の味噌漬けを将軍家に献上してた。

*No title

鯨がいかに貴重なタンパク源であったか分かったか。

*No title

基本的に解体技術が不備で食中毒などの病気が当時の体力では死につながったり、保存技術など沢山問題があったからだろうな

*

あと、付け加えるならばインドでの仏教の隆盛が続かなかったのは、基本的に仏教が平等思想を持ち被差別階級にも信仰者が多かったのが、社会の各階層の利益と適合しなかったことも大きいので
仏教の広がりと相関している日本の肉食の禁忌をインドのカースト制度と関連づけるのは、やっぱり違和感があるなあ。

*No title

>2014-10-18 12:41

 豆類や豆から作った豆腐を摂っていたし鳥肉も魚も食べていたんだけど。

*No title

1684年に書かれた尾張藩士の日記には『犬肉を食べると70日間穢れる』とある。
1712年の『和漢三才図会』には『豚が長崎や江戸で飼育されている』とあり、
また『本朝 (朝廷または日本のこと) 肉食を好まないため近年は稀だ』ともある。

畿内や仏教信仰の強い地域では肉食は一般的ではないが、地方や武士階級の一部は
肉食していた。町人でも肉を喰いたいものは、ももんじ屋や薬石屋で食べていた。

*No title

欧米「日本人はクジラ喰うなよ?ww」
日本「じゃあオマエラは牛豚喰うなよ?」

*No title

つまり、土地によって食べる地域と食べない地域があり、更に時代によって食べる時代と食べない時代があり、階級によってもよく食べる階級と食べない階級があった。
ただし、全く食べない時代も基本的になかった。

*No title

なんか普段は野菜や米雑穀、魚喰ってると肉は臭く感じるんじゃないかと思ってみたり。

*No title

日本人は長らく肉をあまり食べなかったから、江戸時代のときが一番身長が低かったんだよね。
今は肉を食うから、縄文時代の身長にまで回復した。

*No title

いやいや獣肉も薬食いとか言ってウサギとか鹿とか猪とか普通に食べておったで

*No title

普通ではなかったと思う。
たまのごちそうだったり、病人食だったんじゃないかな?

ヨーロッパのそれは朝にソーセージ食って夜はステーキみたいなレベルだからな。
保存食は干し肉。みたいな。

*No title

「四つ足を食べてはいけない」は曹洞宗
同じ禅宗の臨済宗もそうだと思うが

日本人が誰も四つ足食ってないなら「ボタン鍋」とか「さくら肉」とかの表現が存在しない

*No title

>>いやいや獣肉も薬食いとか言ってウサギとか鹿とか猪とか普通に食べておったで

いやいや、だからそれは一部の風習で一般的でない(薬食いだし)
この場合の論議は一般庶民の多くがが日常的に食べる習慣をもっていたかどうかだから。
日本人はヨーロッパの畜産やモンゴルの放牧など肉食食材を大量に生産するシステム風習文化は
持たなかった。これがポイント
明治以降は政府の日本人の肉体改造を図った富国強兵策もあって、そういう産業が「業」として根付いたけれど。

(上にも同じこと書いたけど。)

*No title

彦根藩は牛肉が名物で水戸の殿様は彦根牛が大好物だったのに井伊大老が敬虔な仏教徒であったため牛馬の屠殺を禁じてしまったため水戸の殿様が彦根牛を食えなくなった事に怒ってそれが桜田門外の変につながるという四方山話

*No title

海外には、何か間違った情報が伝わってるな。

*No title

そして鯨は貴重なタンパク源なのだよ
わかったかね差別主義者諸君

*No title

食文化に関しては隣の大陸とはまるで別物だな

*No title

四足なら机と椅子以外なんでも食べるといわれた人種が隣にいるのに

*

江戸時代は牛は労働力であり家族の一員のような存在でもあった。
外国人に牛を売ったら食おうとしたので「そんな酷い!」って農民が慌てて買い戻したって話もある。

*No title

まあいろいろ理由が重なってるんだろう
土地の狭い日本で牧畜はできんし
てことは山に入って狩をやるしかないが
誰でもしていいわけでもできるわけでもなかったろうし
仏教で肉食は基本禁止されたし
神道でもやたらと殺生すると穢れとして忌み嫌われたし
だから農業用の牛なんかが死んだら
その穢れの始末をするのは穢多非人と差別されてた人達だったし
今でも牛豚などの屠殺場ではちゃんと供養してお祓いしてる
魚や米という代わりもあったし
まあわざわざ肉を食べる必要性を感じなかったからだろう
それで生活が成り立ってるマタギや農業に適さないような必要とされるところでは食ってたろうし

*No title

戦国時代に乾燥させた野球ボールみたいな米の塊を戦場に持っていって水かけてくってたらしいね
漬け物にしても保存食は昔からある程度優れてた

*No title

キリスト教も豚食っちゃいけなかったんだってな、あっさり破ったが

*No title

日本人でもあまり知らないことをよく知っているので驚いた

*No title

欧米は脚のない哺乳類は今も食べたがらないな

*No title

食ってよい哺乳類はほぼクジラだけだった。
1000年間、文化的に切り離せない大事なもの。

*No title

初めて知った。少なくとも習ったことはない。動物関連で習ったのは「お犬様」くらい。

奈良時代までは猪だろうが鳥だろうが食べられていた。仏教が入ってから少しおかしくなったが
戦国時代には肉を焼いて食べたりすることはあった。つまりデタラメだと思う。

もし本当ならもとは何かのきっかけで古代に禁止され、その後は日本人らしく習慣ととして守られたが
実は罪に問われるということはなく、道徳の範疇だったということだと思う。天皇に禁止されたなんて
話は知らないし、少なくとも貴族の中だけの話だろ。
もしそうなら飢饉の時でもない限り食うこともなかったから、捌き方から調理までなにも伝統が無く
そのまま食うこと自体の文化が無かったんだと思う。

でも実際には仏教の影響が無ければ普通に食べていた訳だし、奈良時代から戦国時代までの
間にそういう習慣が仏教によって排除されただけだと思う。

*No title

獣肉は味噌漬けなど、病人向けの滋養食
農耕用では臭みが気になったのだろうね

馬は育成できるのに、土地の広さを理由に
食用牛だけは無理ってコトは無いだろ

*No title

食べなかったのは家畜の牛や馬だけでしょう。
農民は農作物を荒らす獣を駆除していましたから、手に入れば食べていたはずです。
ただし、嗜好としてなのか、薬としてなのかわかりませんが。

*

細かな例外を出して日本人は肉食べてた!食べないってデタラメ!と言われてもなぁ…
各時代の政権によって畜産が奨励された記録はなく、恒常的に市に畜肉が並んでいたわけではなく、ヨーロッパの裁判記録のように畜産に関する訴訟記録もなかった。
農耕民が畜産を行わない、それはつまり日本には肉食文化は根付いてなかったっちゅーことでは。

数少ない肉食の記録を読んでも後ろめたさがある。今で言うと、例えばヘビやカエルを食べるゲテモノ食いと同じ扱いでけして通常食ではない地域がほとんど。
明治時代ですら、職業によっては畜肉を食べた後は子供に何回も酒でうがいをさせて周囲に食べたとバレないようにしている。
マクロミクロ、どちらのデータからしても、やっはり肉食が一般化されていなかった社会だよ。

*No title

最後の将軍の徳川慶喜や、その父親の徳川斉昭は豚肉が好きだったそうですな。
薩摩藩では養豚をしていましたし、西郷隆盛も豚が好物だったそうです。
詳しく知りたい人は”日本の獣肉食の歴史”をググってみて下さい。

*No title

くまモン「熊本の馬肉はカナダ産だモン!」

*No title

ウサギは1羽2羽と数え・・・
何!外人まで知ってんのか!
お前ら日本文化くわしすぎだろ!

*No title

稲作の方が人口扶養力が高いから、副畜をする意味があまり無かったからじゃない
ヨーロッパは、古代:二圃式農業→中世:三圃式農業→近世:輪栽式農業(ノーフォーク農法)と
一貫して農耕と畜産を有機的に結びつけた混合農業を発達させてきた
だから昔のヨーロッパは肉屋と言ったら、日本の庄屋のような、社会的地位の高い富豪も多かった

*No title

豚も食わなかったけど島津の人は食ってたんだよなぁ
戦国時代でもあんまり獣肉食わないのに

*No title

>>稲作の方が人口扶養力が高いから、副畜をする意味があまり無かったからじゃない

明治以前の日本人の神仏信心の生活密着ぶりって現代の日本人の想像を超えるから。

そもそもそんなに日本人は食糧にに余裕があったわけでないし、たんぱく質が十分取れていたわけでもない(魚だって所詮採集業の範囲)

*No title

外人様は捕鯨に文句言うのやめろよ。

そもそも鯨類の一部が絶滅危惧に陥った原因は、
鯨油を求めた白人が乱獲したからなのにな。

ホエールウォッチングが商業化される前に文句言ってたか?
エコテロリストを擁護する前に自分たちの所業を振り返れよ。

*No title

日本人は毛皮を取るためだけに動物を殺したりはしなかったんだよね。熊や猪、鹿、穴熊等は毛皮や薬のついでに肉も食べたり売ったりしてた。お肉の需要も昔から一定量あったし、昔の文献とか探していると【牛や馬】を食べる記述はあまり見ないけど(多くは見ないだけで、死んだ牛や馬の肉を食べる記述は時々見かける)猪や鹿を食べる記述は割とある。

宗教的影響も大きかったけど、牛や馬は自分たちの生業の役に立つ家族同然の扱いで大切にされていたから、今のペットの犬や猫と同じで食べ物ではないカウントだと思う(無論、飢饉の時は例外だけども)
もう亡くなったけどうちのばあちゃん大正初年の生まれで、その親や祖父母は明治または江戸の生まれだったから、昔は家族が揃ってるときは親やばあちゃんが嫌がるから、牛や馬は家で食えなかったと言ってたわな。うちのばあちゃん自体は牛肉は最高の食べ物とか言ってたけどねw

*No title

牧畜は森林を維持するのが難しい。
魚と大豆が沢山手に入るので土地コスパの悪い牧畜が禁止された。
たしか古代に牧畜をちょっと認めたら森林を維持出来なくて衛星環境が悪くなって病気が流行ったから結局禁止したって話を聞いた事がある。
もしかしたら寒冷期と重なっただけかもしれないが。
まあ牧畜は禁止したけどジビエなら取れた分は食べてもいいよーって感じ。
とりあえず魚と大豆より牧畜はコスパが悪かった。。

*

日本には大豆がある
しかし戦後栄養状態が改善されたおかげで身長が伸びたことを考えると、肉を食べないというのも考え物である
だがそのおかげで、日本人はスタミナがあるのかもしれない、マラソン得意だし
外人て意外と軟弱だよね、バターン死の行進とか

*No title

普通に牛も食べてた。食肉用では無く薬として味噌漬けがおみやげになるぐらい。

*No title

>外人て意外と軟弱だよね、バターン死の行進とか

それはお前、日本人て意外と軟弱だよねインパール作戦とか、っていうぐらいの暴論だぞ


*No title

殺生という言葉の意味は、白人には通じない
肉食は否定しないが、屠殺見学は必要

*No title

ヨーロッパは中世に、重量有輪犂が開発され、
12世紀頃から牛耕に代わり馬耕が広まる。
馬を農耕に使うようになったのは、蹄鉄の発明、頸帯式の繋駕法の普及、
馬の縦列繋駕法の発明、馬糧の燕麦の栽培普及などが理由で
これにより牛の方が優れていた作業能率・生産能力を、馬が上回ったことによる。
同時に陸送手段として馬車の牽引にも使われるようになる。
食料生産に不可欠の家畜により、ヨーロッパで馬肉がタブー食になり、日本で牛食いがタブー食になった。
遊牧が盛んだったモンゴルや中央ユーラシアは家畜を追うのに必要不可欠だった牧羊犬なんかにより、犬食いがタブーになった。

*No title

握り寿司は馴れ寿司と関係ないって。周知の寿司という言葉を拝借しただけ。

*No title

そうそう現在の形の握りずしができたのは最近の事だよ
アメリカ独立戦争のちょっと前だから

*No title

ンなこたない
五月蠅かった江戸時代でも牛肉の味噌漬けとか将軍家に献上されていた

*No title

狩猟神を祀り、日本でも有数の信仰勢力を持つ諏訪大社では
「鹿食免」「鹿食箸」といったものを売っていて、大変人気があった。
これは、諏訪大社の御威光によって肉を食っても問題なくなるという
反則アイテムなのだ!

まぁ禁忌といってもそんなにキツくは無くて
表立って食うわけには行かないくらいの感じでしょう。時期によって違うだろうけど。

*

なんだ、1000年以上って…
馬鹿じゃね…
まあ外人が馬鹿なのは既出なんだが…

*No title

因みに諏訪大社では重要神事に必ず鹿肉を供物として捧げる。
「鹿肉なしに神事執り行うべからず」というような文書が残っているほど。
祭神がコレなんだから、諏訪近郊では肉食がずっと有ったと言われている。

とはいえ、肉食用の畜産は無かったんだろうな。
基本的に供物に使ってる肉類も全部狩りで手に入れてる。

*No title

なぜか否定されてるけど仏教の影響でしょ。四本足の動物食うなってのは。

*No title

こういう議論をするとき、時々「神道原理主義者」がいて、一部のことで全部を否定するところがあるんだよな。
日本は神仏混合なんで仏教の影響が強くあってもおかしくないし、日本の文化ってそういうものなんだけど、神道原理主義者は仏教の影響が日本に強くあるのをすごく忌み嫌ってところがあって、そういう側面を否定したがる。

*No title

この外人の言ってる日本ってどこの日本の話だろうw
とりあえず俺の知ってる日本とは違うようだ。

*No title

猟師と言う職業は普通に在ったしこれは主に家畜を護る為だろう。
心情的な所までは判らないとしても。熊の胆は金と同等の価値が在ったと聞いている。
獣と家畜の扱いはまた違っていると思う。皮なめしを専門とする職業も存在はしていたのだし。
いわゆる絶対的な規則では無いような気がする。訓戒?とか規範みたいな。
昔人の方がグレーゾーンの扱いが上手い。とは思う。

*No title

鴨南蛮は江戸時代に作られた人気メニュー

*No title

>イメージ的には猪や鹿など狩って食べてたイメージあるんだけど

ぼたん鍋や桜肉という言葉があるけど、肉は食べてませんよという誤魔かしのため。
本スレにもあるけど、ウサギを羽で数えるのも獣じゃなくて鳥ですよという言い訳をしてた。
常食してたわけではなく、病気などの時に薬代わりに食べたらしい。

*No title

>昔人の方がグレーゾーンの扱いが上手い。とは思う。

猟師も特殊な人々だったらしいし、肉を処理するのは賤業と言って身分の低い人の役目だったというね。
扱いが上手いというか、身分制度の闇の部分だね。

*No title

食うための家畜の飼育はなかったんだよね。
あくまで労働のための牛馬が病気や老衰で死んだ時に、それを食べていた。

*No title

>それはお前、日本人て意外と軟弱だよねインパール作戦とか、っていうぐらいの暴論だぞ
捕虜と日本兵は一緒に歩いてたからな。別に虐待でも何でもないって話。

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山くじらとかももんじ屋とか知らんだろうな外人は。実は結構食われてたのに。
生類憐みの令も近年は不良浪人の食料を絶つ目的があったつう説もあるし

*No title

山の話はあっちの人はギリシアのことが頭にあるからだろう
山の木を切り倒して牧羊をした結果、ギリシア文化をささえきれなくなって文化が滅んだ説がある
あわてて木を植えても新芽が羊たちに食われてしまうので結局はげ山を回復できなくなってしまったんだとさ
日本が牧畜をしないで山を守ってきたのは正しいよ
山は腐葉土を大量につくりだし田畑を肥やしたり、果ては山からくる水で近海の漁場も肥やし続けてたんだぜ

*

ローマが衰退したのも風呂沸かす為に伐採しすぎて国土が環境破壊されたからって説もあるしな

*No title

牛乳は飲まなかったのは知ってる。
気持ち悪いし、野蛮と思われていた。

*No title

最近ってのが2、300年前のことならそうだね。<寿司
その頃アメリカあったっけ?

*No title

要するに育てたもんは駄目で、狩猟はOKだったようだな

*No title

肉食いだして大腸がんの人が増えたのと

日本人のほとんどが牛乳から栄養分取れてないし、体に合わなくてお腹壊す人も多いってのは聞いたことある

でも俺は地元産の牛乳は調理やコーヒーに使う

*No title

牛を食べたら牛に、豚なら豚になる。
元々人間、日本人の身体には獣肉は合わない。
神からお借りした身体には決まったモノしかとらないほうがいい決まりがある。
車に例えるならハイオク仕様みたいなもんだ。

*No title

日本で禁止してたのは律令だよ。
律令なんて徹底されてた時代がどれだけあるのやら…
少なくとも武家社会の時代に律令を知ってた一般人はいないんじゃない?

*

牧畜の方がエネルギー変換効率が悪いけどそりゃ人間でも食べられる穀物を与えるからで、地力の低い土地で牧草や雑穀くらいしか育たないところでは、効率が逆転するんじゃないの?
ヨーロッパや中央アジアとか。
地中海周辺の温暖な地域を領土としてた古代ローマとか小麦が主食だったし

*No title

肉食を許していれば日本人はもう少しマシな体格になっていたろうに

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