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外国人「禅が日本の武道に与えた影響ってどんなものがあるの?」【海外反応】

2015.01.09 Fri

外国人「禅が日本の武道に与えた影響ってどんなものがあるの?」【海外反応】

投稿者
高校生なんだけど、禅についてレポート書いてるので教えて 自分はいま16才で、小さいころからもう11年武道をやってるんだけど、禅と武道って一緒に議論されることは少ないよね どちらも道場で学ぶものだし、日本が発祥なのに、なんでだろう?
あくまで禅について調べているんだけど、自分の武道の体験も一緒にレポートに絡めていけたらいいなと思ってるんだ






たしかに武道には仏教哲学に近い部分はいくつかあるし、伝統的に見ても近いのかもしれないが、武道と禅は全く別物だよ 武道が話題に上っているスレで禅の話になることはあるけどね 自分も10年ほど武道を学んだけど、そういうことは考えたことないな…






↑中国では、武道はカンフーと呼ばれるんだけど 古代中国では中国仏教や老荘思想は互いに学びあっていた それがレスリングのような武道に生かされ、「型」として取りいれられるようになったんだ






↑仏教と少林寺拳法にそこまでつながりがあるとは思えないけど 一つ言えることは、どちらも知ることでどちらも上達できるってことさ!






禅というものはひたすら自己の本質を見極めること 武道と禅の関係性について誰も話題にしないのは、関係がないからだよ






禅と武道なんて、いつも一緒くたにされてるじゃないか カンフーがうまくないのは精神が成長していないからだ、なんていう本を見たことがあるよ どういう意味か全然分かんないけど






↑それはカンフーが下手だからだろ






自分は合気道をやってる 禅と合気道はすごく似てるよ どちらも自分で答えを見つけ出さなければ学べない ひとの真似では自分に嘘をつくことになるんだ






古代の修行僧が自己防衛のために武道を始めたのかとおもってたんだけど?






いろんな武道をけっこうやってきたけど、自分が思うのはトレーニングもある種の瞑想だってこと どちらも集中を必要とするからね 無心になることは素晴らしいよ






ブルース・リーは禅の達人






武道に禅の影響があることは確かだけど、~道とつくものが何でもいっしょと考えてはいけないな 禅にも老荘思想や儒教の影響が見られるけど、どれも全く別物 禅と老荘思想を一緒に論じたりはしないだろ?






オイゲン・ヘリゲルという人が書いた「弓と禅」っていう本があるよ 自分はアーチェリーと禅に関係があるとは思わないけど チェックしてみるといい






↑武道と禅を一緒にするのは、西洋哲学の生み出した神話だよ 日本の武道は禅とは何ら関係がない






臨済宗では武道も聖心鍛練と同様に重要だと考えられているよ 剣を用いた型を使う武道や、合気道などでは、体の動かし方や呼吸法を深く学ぶことが重要になる 呼吸や体をコントロールするためには座禅が有効だというわけ






↑日本の仏教は善とは関係ないだろう そもそも禅宗は戦をしたり武道をしたりしない あと合気道は武道とは言えないからね






中国に目を向けてみれば、北部で発達した老荘思想でも南部で発達した仏教思想でも、精神鍛練と武道は切っても切れないものだったんじゃないのか? どんな種類の武道でも、その道を究めた人ならそんな無駄な議論はしないと思うけど






禅と武道につながりがあると思うのは西洋人の思い込み 歴史的には全く別のもの






↑そうともいいきれない だって少林寺の僧が少林寺拳法を発達させたんだから






↑日本の武道の話だよ それにカンフーは禅とは全く関係ない 禅の修行のためにカンフーをしたわけじゃない






↑少なくとも、日本の侍は禅の思想に多大な影響を受けている だから禅の修行として武道を行った可能性はあるよ 尺八を吹いたりしてね






日本仏教が武道を行ったことは、禅とは関係がないよ 禅はそもそも日本で起こった宗教じゃない 日本の仏教僧は武装して内戦に介入したりするようなやつらだ






初心者には「何も考えずに体を動かせ」っていうのがいちばんシンプルだからね でもそれで上達しても精神が伴わなければ破綻するよ 「隙」が生まれればそこを攻められるからね 壁に向かって20年座禅を組むより、武道をやる方がよっぽど確実に早く禅を学べると思うね






↑「無心の心」っていうだろ トレーニングの終わりに瞑想することはとても有効だよ






「気」のちからが瞑想には有効だと信じてる人もいるようだけど ダルマ大師がカンフーの創始者だというのはただの伝説だからね






まとめると、日本や中国の武道は禅とも仏教とも関係がない クラヴマガがユダヤ教と関係がないのと同じ






http://www.reddit.com/r/zen/comments/2ris5w/martial_arts_and_zen/
­
関連記事

コメント

*No title

ブヒ道とは死ぬことと見つけたり

*No title

カオスっぷりが面白いな

*No title

禅の影響なんてぜんぜんないよ。

*No title

単純に考えると暴力馬鹿の脳筋に対する精神的足枷

*No title

>禅が日本の武道に与えた影響

柳生新陰流の剣禅一如の影響ですかね?
少林寺拳法では拳禅一如としています。

*No title

サムライが武道をカンフーの禅寺で修行してニンジャになるのだ!

*No title

直接な関係はないし、別物だね
禅=瞑想
武道=精神統一

*No title

関係有る無しではない。
禅なるものは何処にでも存在できるし存在している。
全てが一なるものという感覚。それさえも無くなれば
禅はその役割を終える。

*No title

苦行は尊い行為。という考え方はあるだろう。
武道だけじゃなく、なんでも突き詰めるっていうのはそういうバックボーンはあるのかもね

*No title

武家階級の多くが信仰した仏教は禅宗だよ
武芸の基本的概念ができた時代には、僧から学問を習うことが多かった
なにも関係性がないとは言い切れない

*

関係あるよアホタレ
禅宗の影響は武道の思想面に見受けられる。というか、日本文化自体が室町期からは禅の思想に影響されてる。
「禅をやっていれば武道がうまくなる」というものではない。が、関係あるかないかで言えば根っこからあるわ

*No title

居合や剣術の流派見りゃわかるけど、用語や思想面では禅の影響受けてるよ。

*No title

この子が話を聞くところを間違えている事だけはたしかの様だ。

*

武士道と禅の関わりは鎌倉時代調べれば分かるでしょ

*No title

禅って中国発祥じゃなかったっけ?

*No title

集中力を高めるための瞑想として禅を取り入れるのは悪い選択肢じゃないね

歴史的にまったく無関係というわけでもないんだけど言うほど関連があるかというとそうでもないというw

*No title

>禅って中国発祥じゃなかったっけ?

せやで、達磨太師の崇山少林寺が発祥地

*No title

~wikiより~
禅(ぜん)は、大乗仏教の一派[1]。南インド出身の達磨が中国に入り教えを伝えて成立したとされている。

中国禅は唐から宋にかけて発展したが、明の時代に入ると衰退していった。日本に純粋な禅宗が伝えられたのは鎌倉時代であり、室町時代に幕府の庇護の下で発展した。明治維新以降は、鈴木大拙により日本の禅が世界に伝えられた。

らしい。

*No title

関係ないとは思うけど
剣道や空手で始める前や終わりに黙祷したりする形式を作ったのがそれかな

*No title

結論から言うと関係ある。
剣禅一致とは、剣は生死の間に於て修行し大死一番の境地に大活するものであり、
禅は静思黙考の裡に大悟するものである。
どちらも生死を超越するところに、窮極においては剣禅全く相共通する一脈があることを教えている。

*No title

この決めつけというか断言できる自信はどこから来てるんだろう
カオスすぎる・・・

*No title

禅の特徴って黙祷するくらいだもんな
禅の思想ってか心の持ちようみたいな精神論は禅関係なくもともと基本スペックとして既にある
関係無いとは言わないが同じようなものでもイスラムとキリストみたく区別した方がいい

*

少林寺拳法は日本生まれですよ、日本の武術家 宗 道臣が羅漢拳や柔術を元に作ったもの
中国の少林寺には様々な武術が伝わっているけど、少林寺拳法とは言いません
総称して少林拳と呼ぶことはあるし、少林棍は有名だけどね

*

知ったか多くてびっくりだわ
現代武道は古武道から発展してて古武道は禅の影響あるんだから関連性あるだろ
まあ現代武道は禅の影響が薄くなってるけども関連性ないっていってるやつはグーグル先生やWiki先生に聞いてこい

*

武士道には禅と儒教の影響が顕著だね
そもそも日本武術は心技体といって、心と精神をとても重視するんだよ

そこらへんが外人さんには良く分からないのかもしれないねぇ

*

全員勉強し直したほうがいいな
まず翻訳されてる本に正しいことなんて書かれてないから

*No title

というか16歳で禅についてレポートまとめてるとか
どんなヤツなんじゃw

*

戦国時代の武士は絶えず迫る死の恐怖と向き合い克服するために禅に精神の支えを求めた
その結果禅宗が武家で発展した
って聞いたことあるけどな

*No title

禅と瞑想は違うとか京極堂が言ってたような

*No title

武道において一番厄介な事は敵に囚われている自我である。
その分け隔てがある限りその繰り出す一撃は決定的な遅れをみせる。
ペアのダンスに敵味方が有るだろうか。
有るのは調和を伴った舞である。ただ武道においては
結果に生死が伴う。それだけの違いだけだ。
それを受け入れた者のみ同士の戦いは有り難いことだろう。
禅はそのみち導で有り、武芸者が求めるものだった。

*

禅→仏教の一派。瞑想をする。
武道→侍の稽古。精神の修行もする。
多分アジア特有の精神を鍛えるということが分からないので、一緒にしてるんだと思う。
よくある日本好き外人のにわか発言だから気にしなくていい。

*No title

>>関係ないとは思うけど
剣道や空手で始める前や終わりに黙祷したりする形式を作ったのがそれかな

細かいけど、「黙祷」ではなく「黙想」ですね。

*No title

禅の無になってとにかく座り続けるというのと、心頭滅却すれば火もまた涼しとかって同じでしょ

*

関係はあるよ。禅は仏教の中でも体育的な色合いが強い。何よりも実践を重んじること。生きている今この一時を重視すること。そういうエネルギッシュな面、集中するという面が武士にウケた。姿勢を重視する部分も武術そのものに通じている。やらない人にはわからんだろうけど

*No title

武道というか武士だよな

*

そもそも西洋には武道に当てはまる言葉がない
彼らが武道と言う時には格闘技を指すから日本人の感覚と差違が生じる

*No title

武道って究極まで高めていったら禅につながってんじゃないの

*

とりあえずコイツらが「道」の概念をまったく理解してないことは分かった

*No title

禅は茶道じゃないかな。
茶道は作法がないとな。外交などする時など。

*No title

鎌倉幕府の北条時頼が魍魎に取り付かれて、
禅の開祖、道元禅師によって救われる話はフィクションなのか?

*No title

食生活や所作など多岐に渡って、武家は禅宗の影響を受けまくってますね。
作法の小笠原流の小笠原氏は、元々禅寺の作法を自家の作法に取り入れて
発展したものですし、禅宗がなかったら、武士道というものも随分違ったものに
なっていたでしょう。もちろん、禅の教えは、和食自体にも大きな柱として、
影響を与えてますね。日本人の歴史や行動が禅に影響されてるのは、当然の
ことです。

*No title

剣禅一致 沢庵和尚 柳生宗矩
ここらへんを調べるといい

*

武道は神道の概念を踏襲してるのよ
神仏混合で日本仏教には神道の考え方が混じってるけど
神道の概念は基本的に一神教だ
すべての物事は根源に通じると考える
神話に惑わされないで。どんな宗教でも神話は教えに直接的には関係ない
一神教は普通、根源を唯一絶対神とするが、神道は末端であるすべての物事を八百万の神とする
すべての物事が根源に通じているため、日本には数限りなく○○道が生まれた
武道、茶道、華道、ヲタク道、社畜道などなど、みんな、神道の概念があって誕生したんだよ

*No title

仏教哲学も天竺。南天竺の達磨大師は武術の達人。
古代中国でなく、天竺の哲学が最先端。
日本の神道と天竺の仏教の神仏習合。
昔は、朝廷も公家も武家も官職を引退し出家し隠居ていたからじゃないかな。
作法は必要になるだろうな。

*No title

問題は、日本人の言う「禅」とあちらの人の考える「ZEN」が
全くの別物であるということだw

*

少林寺の僧が少林寺拳法を発達させたの?
インドの達磨が禅と一緒に少林寺拳法を伝えたんじゃないの?

*No title

なんでも極めた人は似たような雰囲気を持っているんじゃなかろうか。

*No title

禅と武道はどう考えても関係があるのにバカ外人とバ韓国人+無教養な日本人が一生懸命否定してるのが笑えるw普通の日本人ならば、江戸時代に朱子学と禅と武道が推奨されていた事からその辺が歴史的に密接な絡みがあるのは誰でも知ってる事実だけどね。

*No title

日本人もアルジェリアでの○害 悪魔の死翻訳事件や欧州で礼p島栗のイスラム正直
君ら中国人韓国人嫌いだろうが

あいつらは正直こいつらの10何倍は厄介だぞ
勝手に入ってきて宗教の自由とか言うくせにお前らが元の国で仏像ですらつくらせてもらえないシナ
誰だかわからずに土葬したときに後からイラン人とわかって日の丸や板ぐらいだからな
エボラはやったらイスラムのせいで火葬できなくて皆○んだりして
後は公務員を全体の奉仕者だと思ってねえとかね もんぺと同じように給食に文句言ったり
祈りの時間がないとか文句言ったりねまあ教育現場はハーフで崩壊してきてる滞在目的の
マナー教えてもらってねえハーフ多くてな 

後からネ○ウ○みたいに○せとか言うなよお前らが受け入れたんだから

*No title

鎌倉仏教(禅宗)と鎌倉武士が結びついて、その後の武家の精神的支柱にもなり、
今や一汁一菜や一汁三菜という和食の基本も禅寺から生まれてるわけですから
禅宗と武道の関係なんて、「今更何をいわんや」ですね。

*No title

茶道の方が禅の真髄に近いんじゃないかな。
時の流れ、生と死、人生。
普段当たり前な事だが、心を鎮めないと一期一会の発想に辿り着けない。
茶道で昇華したんじゃないかな。侘び寂びも生まれた。

禅は平安時代に取り入れてたし、鎌倉時代に武士庶民に広まったわけだしな。流れなんじゃないかな。

*No title

裏千家のカナダ出身の先生が、元々武道を通じて同じ所作である茶道と出会い、
その元が禅寺から来ていることを知ったと語っておられました

*No title

禅と武道の関係性がないなんていってる奴は
日本人としての最低限の知識や教養がないレベル

外国人だと気づいてないかもしれないけど
そういう日本人的な常識ってめちゃくちゃ多いからね
成人になってから日本に来て習得するのは限りなく不可能に近い


*No title

といっても、外国人のいう「禅」と昔の宗教的な「禅」って今は全然別物だろ??
外国人は仏教建築や寺の雰囲気、それら視覚的なものを「禅」と捉えてる傾向があるよ。
「お~ジャパニーズテンプル!禅ですね~」
「あ~和風庭園!禅ですね~」
「この有田焼からは禅を感じられます~」
これらにも「禅」があるのは確かだが、茶道とか武道から禅を導き出すのは難しいと思う。
俺個人も「武道と禅ってなに???」と聞かれても上手く答えられない、(剣道10年以上やってます)
なにを言いたいのかと言うと、禅はすでに日本スタイルやファッションと同意語になっているという事なんだわ
俺個人も禅に対して特に大きな意味は無いと思ってる。

*No title

臨済宗でもないし、曹洞宗でもないから、禅はわかんないな正直。
禅って宗派みたいなもんじゃないの。
武道も流派たくさんあったから流派によっても違うんじゃない。

*No title

>>禅と武道の関係性がないなんていってる奴は
>>日本人としての最低限の知識や教養がないレベル

じゃあ、ここの全員が納得いくような文で教えてくれ
全員のレス読んだが、肯定派の具体的な説明してる奴が一人もいなくて困ってるんだ。

*No title

示現流は関係あるよ曹洞宗の僧から習った剣術とタイ捨流が関係してたと思う
あと柳生新陰流も関係あったような気がした
剣術は神道や禅の影響は少なからずあるね

*No title

実は日本人が考える禅も今となっては「それは禅ではない」という事なのではないかね
日本人が禅の影響で武道を進化させて源流を作ってはきたが
今ではその禅と武道の関連性は特に無く、全く別のものになってしまった
ようするに、オリジナルを超越してしまったわけだ

*No title

サッカーやテニスがイギリス発祥だけどキリスト教がどういう影響与えたの?

*No title

つか無いと困るw

*No title

禅は武士道と関係があるけど武術と関係はない。

*No title

武家社会の始まり鎌倉幕府と、新興宗教の禅宗は密接に関わってるよ。
元寇などの国難が宗教を欲したわけです。鎌倉仏教とも言いますね。
武家社会になると武道と精神鍛錬は同義なものとの意味合いが強くなってきたんだよ。

*No title

禅を介して各種日本の芸事はむすびついている。
関係あるとかではなくて関係そのものだ。
つまり実践で有り有機的なものだろう。

*No title

長い月日をかけ、魔改造され日本仕様に変化してるわけだしな。
オリジナルの禅、釈迦28祖法嗣の南天竺人の達磨大師を原点回帰し研究すればいいんじゃねスレ主。
神仏習合の影響の方があんじゃないのかな。朝廷、公家、武家、出家隠居。
日本で最初に取り入れようとしたのは、嵯峨天皇の皇后橘嘉智子(786年-850年)。最初で最後の橘氏の皇后。
橘嘉智子皇后は、唐の禅僧・義空を檀林寺に招く。禅は広まらなかったが。
承和の変で、橘氏は左遷され出家隠居し、ただの尼でなく、菩提心悟りの世界、禅の世界へ。
そういう出来事が、鎌倉時代から多くなり禅を積極的に取り入れるようになったんじゃないかな。武家も出家するし。
兄弟親子親類で殺し合いをする時代は病むんじゃないかな。精神を強くするために仏教・禅が必要に。

*

剣禅一如

*No title

日本人ですら勘違いしてる人多いけど、座禅と瞑想は別物だよ
まあ目を開けるか閉じるかの違いで、やってみればわかるけどこの違いは大きい

*No title

こういうツッコミ自体が近代的かも知れんが、元スレの「martial_arts_and_zen」における「zen」、これが「座禅」を指してるのか「禅宗」を指してるのか、はたまた「禅文化」とでも言うべきものを指してるのか…。
もし三つ目だとすれば、こと日本の鎌倉文化、武家文化というものが、禅の思想や作法と切っても切り離せないものなのは確かだろう。枯山水の作庭法や茶室の間取りなんかが禅と密接な関係があるのと同じ程度には、日本の武道もすべて禅と関係があるといっていいと思う。要するに「日本武道の成立史において、禅の影響は極めて大きい」。

しかし、じゃあこの現在、日本の武道を学ぶにあたって禅の知識や実践が必要なのかといえばそれはそうじゃないだろう。禅を学ぶことによって武道も上達する人はそりゃいるだろうしむしろ多いんじゃないかと思うけど、しかし例えば、漢方じゃなければ絶対に治せなくて西洋医学ではダメっていう病気が、仮にあるとしてもおそらく極めて少ないだろうことと同様、日本の武道の習得に禅が「絶対不可欠」ってことはあるまい。近代合理主義的・分析的なアプローチで達人になることだってそりゃ可能なはずだよ。

それに、何につけ精神をとことん理想的に集中させた状態ってのが、東であろうと西であろうと目指すべき境地になるのはアタリマエのことだろうしなぁ。放っておくと、トップアスリートのいう「ゾーン(ZONE)」とは実は「ゼン(ZEN)」のことだ、そういや発音も似てるなあ、的なヨタバナシまで混じってきそうだw(無論英語でしか通用しない)

*No title

武道・芸道の道は日本における価値観で哲学とも言われます。
一つの物事を通じて生き様や真理の追究を体現することや自己の精神の修練を行う事です。
これは禅と同じです。

*No title

禅というものがある種の存在に触れるためのトランス状態
だとしたら武道や書道、茶道、弓道などはそこへ至る窓口で有り
その過程でもある。

*No title

武道と武術がごっちゃになってるレスがあるが、武道の話ならば今でも、
禅の精神は武道の中にあるよ。
神道も交じり合ってはいると思うけどもね。
外国人はそういう事を知りたかったのでは?
道場で学ぶことは少なくなっているだろうけれども、
武道全般はそういう歴史と経緯を経てきた事ぐらいは、踏まえておかなければな。

*No title

素早く平常心に戻す訓練のためということなら関係あるっちゃある

*No title

禅が日本発祥っておいおい……
ダルマさんくらいは知っておくべき

*No title

もう『全てはニンジャなのだ』とか言っとけば黙るんじゃないかなこいつら
(さじを投げつつ)

*

関係のある武道もあるし、無い武道もある。北辰一刀流とか技術を合理的にまとめたような流派は関係がない。理屈を超えたところに極意があるような流派は関係がある。オイゲン・ヘリゲルは岩波文庫で読めるから読んでみろ。

*No title

まず武士はほとんどが禅宗徒だった
人を斬ったり陰謀詭計が当たり前だった戦国時代に最も実践的で効果があってブッダの教えに近いのが禅宗
弱肉強食の時代に気が狂わずに正常でいて冷静に判断するためには効果的

あと武道って元々スポーツじゃなくて決闘・殺し合いだから、それを道に高めるためには禅宗の思想が役立った
無関係だという人は武道=スポーツ、禅=ヨガとでも思ってるんだろう

*No title

華道しかり茶道しかり、研鑽をもって禅へと至るから「道」
武の研鑽をもって禅へと至るから「武道」

禅が関係ない場合は武道ではなく武術と呼称する

*No title

〇道は禅と同じで、飽きず、諦めず、たゆまぬ努力を続ける精神が必要だということです。

*No title

武道じゃなくても何かに徹底的に打ち込むと
禅に至ると思う

*No title

もともと拳法は禅の修行のひとつ。拳禅一如。
なぜ拳法かというと、上達が分かりやすいから。禅の上達を試すためには、
師匠や兄弟子達がかなり乱暴な仕方で修行者を追い詰めていく必要がある。
仏教の目的は悟りを開くこと。いついかなる襲撃でも躱せるようになると
いうことは、ある意味悟りに通じる。合気道の植芝盛平氏は、剣術自慢の
士官の真剣をいつものように素手であしらった試合のあと、休憩している
ときに「黄金体験」を得て「悟った」そうだ。

*

コメント欄を見ていると日本人の方が禅を知らないことに驚きます。単に座禅を組むイメージしか無くて決めつけたコメントばかり(禅問答的には只管打坐、ただ座ることで知らないことを知るのみなんでしょうが…笑)
ある時代から日本の文化に型を与えたのが禅の精神で道もその一つ、日本の場合そこに道教や老荘、神道の概念まで混ざって来るのですが(このよいものはなんでも取り入れるいい加減さが日本文化の特徴…笑)
これはもうあらゆる日本文化の中に不可分に融合していることです。
幕末なんかでも山岡鉄舟なんて剣豪が禅の精神を体現しているとも言われます。

*No title


宗 道臣氏は、義和門拳の宗家を継いで少林寺で祝会をあげた。

少林寺拳法を名乗る根拠もここにある。大流派の宗家なのだから、語弊はあるが少林寺拳法
と名乗ってもギリ許されるのではないかということだろう。

日本で言えば、裏千家の家元を継いだアメリカ人が、アメリカで「日本茶道」と名乗っても、
厳密にはアレだが、訴訟騒ぎにはなるまい、みたいな感じか。

あと、あちこちの拳法も学んでいるが、これは中国では「キレるワザを2〜3手しってれば実用には十分」
という考え方が主流であって、伝承者以外は数手しか知らないことが多かったため。噂の名人を訪ねて
も、多くはしらなかった。伝承者でさえ、システマチックに教えるのではなく、気が向いたら思い出したワザ
をカケてくれるというやりかただった(流浪人・剣心式だな)

日本の柔道や剣道の型を参考に、二人対峙の型をシステム的に位置づけていった。

 以上、カッパ新書 「少林寺拳法」 宗道臣 著 参照

*No title

私の記憶が確かなら・・・

禅とは、「考案」だったっけ?を与えられ、それについて考えたことを師に言うこと、だったと。
細菌読んだ山本周五郎の本でも主人公はそうしていた。

昔読んだ新興宗教の教祖の本では、諸業者は師にボロクソに貶され、引きこもってしまうと、
屈強の兄弟子にムリヤリ師の前にひきずり出され、何か言うことを強要される。そんな状況で
言った答えにロクなのがないのは当然で、また叱責されノイローゼになる。そこまで追い込む
ことで極限化での思考能力を育てるのだ、とあった。

これはプロの場合で、山本周五郎の小説では、師はだまってきくだけ。武士も「ありません」
だけで許される。

*No title

>北辰一刀流とか技術を合理的にまとめたような流派
北辰一刀流は一刀流系の中でも北辰信仰の影響を受けてるのに何言ってるんだ?

*No title

 武道と神仏が並列になるのは日本と中国だわな

 ドラゴンボールで悟空に武術を教えたのは、
 亀仙人、カリン様、神様、界王様。

 彼らは仙人でさえあればいいのであって、強い必要はないのだが、
 作者はこれらキャラに、仙人っぽさと、強さを同時に持たせた。
 亀仙人なんて武天老師だのと二つ名を持たせた。

 日本人は武術に禅…神や仏を身近に感じるのだ。

*No title

禅は釈迦の弟子マハーカッサパから始まると言われているよ。


外国人が和尚に「禅とは何ですか?」と訊いたとき、和尚はただ一言。


「こんにちは。初めまして」


と答えた。


禅とは何かを知ることはできない。「知る」とはエゴの働きによるものだから。

「知ろう」とするエゴは訊ねる。「禅とは何ですか?」


それはね?「お前」がいないことだよ。

*No title

 武術に禅的な自己修養の意義を与えたものが武道でしょ。

 どっかの国が適当にパクって「~ド」とか名付けるからおかしくなる。

*No title

肥田春充

*No title

鈴木大拙の禅と日本文化って本を読んでみなされ。

*No title

全然関係ないと断言する日本人が多くてビックリ。大丈夫か?

* 

武道と禅は関係大ありですよ。

はぁー 頭痛い。えっとですね。

剣術で有名な 新陰流は 開祖 上泉伊勢守信綱が 禅/
臨済宗に明るく、「碧巌録」から教えを解いています。

また、弟子筋の柳生新陰流でも 有名な 「兵法家伝書」は 
柳生但馬守が指南していた 三代将軍家光から 「余が兵法に悟れないのは
其の方の教え方が 将軍としての自分を恐れて 遠慮があるからじゃ」
「ちゃんと私が兵法を悟れるように教えよ」と言われて 沢庵和尚と相談したり
してやはり 「碧巌録」を参考に 「覇者の剣」として まとめた伝書がこの
「兵法家伝書」なわけですね。

これを差し上げたら 将軍様はとっても感動して 柳生家の株がさらに上がり、
他の大名に指南する際も とても貴重な伝書として少しづつ広がった結果、
他流への影響も非常に大きいものがありました。

論理的には こじつけも目立ちますが 格調もあり 評価の高い伝書です。
今でも 岩波文庫他で買えますね。

ちなみに 「碧巌録」は主に 臨済宗のテキストと言えそうですね。
いわゆる「公案」を使って 師が弟子を精神的に追い詰め、究極の二律背反の
答えを 精神状態を伴って悟るための修行ですね。

また 達磨大師の教えは 面壁九年ですから中国の少林寺はどちらかというと
日本で言う 只管打座の曹洞宗に近いのかな。

それと 弓では オイリン・ヘルゲル(「弓と禅」の著者)の お師匠として有名な 阿波研造師範は 「弓禅」を唱えて 弓聖と称されるほどの達人でした。
鈴木大拙師(臨済宗)の影響ですよね。

まだまだ ありますが あまりメジャーじゃないので この辺でいいでしょうか。

*No title

小さい頃に習ってた空手は始まりと終わりは長い瞑想があってたまに長時間の瞑想トレーニングもあった
正座しての瞑想だけど、神道の神棚に始まりと終わりに挨拶してた
武道と神道と仏教と禅と修験道と密教と全部日本では集合してるよ

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