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外国人「第二次世界大戦後にインドが独立した理由ってなんなの?」【海外反応】

2015.03.01 Sun

外国人「第二次世界大戦後にインドが独立した理由ってなんなの?」【海外反応】

投稿者
インドの独立を結果的に招いたのは何?

自分はまだ高校生です 個人的に興味がありガンジーについて、そしてインドの独立について勉強しています ここの掲示板で聞いてみようと思ったのは、僕よりも知識のある人がたくさんいるからです
イギリスがインドを独立させたのは、第二次世界大戦での圧力によるものだったのか、それとも、日本が第二次世界大戦時にインドへ侵攻してくる前から存在した、ガンジーの抵抗やすでに存在した社会不安の為だったのでしょうか?






基本的には、ガンジーだ 彼がイギリスに抵抗したからだ 歴史上、他の数えきれないほどの帝国においてはリーダーたちは処刑され、つぶされるか、永遠に解放されない
だから、ガンジーの平和的な抵抗、そしてイギリスの伝統ある礼儀正しさによって、彼らの抵抗は許されていたんだ





↑「イギリスの伝統ある礼儀正しさ」? イギリス人どもは残酷だよ






↑他の植民地支配をしていた国と比べたら?
なぜガンジーは殺されなかったの?





↑すべての植民地支配をしていた国々は、その植民地について残酷だった イギリスが「伝統ある礼儀正しさ」などというのは、無知か、純粋すぎるか、盲目だ
なぜガンジーが助かったのかはわからない インドの暴動がこれ以上酷くなるのを押さえるにはガンジーを生かしておくしかなかったんじゃないか
ガンジーは確かに生かされたが、イギリスはアムリトサルの300〜1000もの名も無き市民たちを10分の間に殺し、100万から300万ものベンガル人を飢え死にさせたことを忘れてはいけない そして、彼らは亜大陸に境界線をひきふたつにわけ、3000万人もを立ち退かせて100万人くらい殺した 
伝統的な礼儀ただしさなんてみじんも感じないね





↑ >彼らは亜大陸に境界線をひきふたつにわけ、3000万人もを立ち退かせて100万人くらい殺した
それはイギリスのしたことではないよ






↑どの植民地支配国がいちばんマシだったかってことを決めるのは、19世紀のアメリカではどちらがマシな待遇を受けたかと議論することに似てる アフリカ人奴隷か、ネイティブアメリカン? この二つの例を出したのは、とてもはっきりとした例だからだ
アムリトサルでの出来事は確かに英国議会による弾劾だったが、デイアー大佐はイギリスでは一般的にヒーローとして扱われている ベンガルでの飢餓はわざとではなかったかもしれないが、チャーチルが何の手助けもしなかったのは確かだ
1857年の出来事がどのように扱われたかについてももっと掘り下げることもできる それからインドのほとんどの街での分離政策によって、インド人達はほとんど犬のように扱われた 「伝統ある礼儀正した」などまったく意味をなさない イギリス人たちは彼らの獰猛な欲望によって行動した インドは確かにアフリカの植民地よりはマシな扱いを受けた でも、これはまた、ネイティブアメリカンとアフリカ人奴隷が19世紀アメリカでどちらがマシな扱いを受けたかという疑問に戻って行くのだ






↑ヒンズー信者たちが1857年に「反乱」に参加してからそれに火をつけたのは彼らだ そして、ムスリム連合と政府の溝を深めたのも彼らだ この分離は地理的にも人口的にも特になんの影響も与えなかったけれどね パンジャーブの100年前は、ランジート・シングの支配下での忍耐の良い例だった 分離はイギリスの植民地支配によって怒ったものだ そしてその反動は残虐行為だ





↑>ヒンズー信者たちが1857年に「反乱」に参加してからそれに火をつけたのは彼らだ そして、ムスリム連合と政府の溝を深めたのも彼らだ
悪魔の英国軍の為でなければ、彼らは良い友達だったのではないか?






↑そうだよ、いつだってそうじゃないか





↑投稿者 ガンジーを処刑していたとしてもインドで暴動が起きたとは想像できない イギリスは彼を殺すか殺さないかの選択肢は無かったとおもう






↑彼が暗殺されたとき、何が起きた? 何も起きなかったよね





↑言いたいのは何? インドの独立後何が起きたかをここで話し合ってるわけではない 
イギリス人は多くの抵抗したインド人達を殺した ただ、彼らはガンジーを脅威と見なさなかっただけだ 1940年、第二次世界大戦時、より影響力をつけたから、殺すことをしなかったんだ





20世紀には、植民地はあまりお金にならないことがかなり明らかになってきて、企業による操り人形の政府だったから、勝利したという幻想を与えつつ、一つくれてやったってことだけだ





http://www.bbc.co.uk/history/british/modern/independence1947_01.shtml





インドに内政自治を与えることは長い間考えられていたことだ オーストラリアやカナダと似た用なものだ チャーチルの考えとうらはらに、彼が政府から引き離されてしまったのは、ナチスと、彼が譲歩する事をあまりにも長くいやがっていたからだ おそらくガンジーの独立運動によってバランスが崩れ、イギリスとの縁切りに繋がったんだろう





この題目について一年くらい勉強したんだけれど、インドの独立がかなったのは、第二次世界大戦後のイギリスの失敗だったのではないかと議論したい

借りが返せないほど膨らんでおり、一般市民の気分も変わり、もっと社会的に民主主義的な雰囲気となり、一度は抑圧されていた国を自由にしようという流れになった それだけではなく、インド自体も支配国イギリスに大しての不満が募っており、第一次世界大戦時にインドがどれほどイギリスを助けたにも関わらず、約束が守られていないことに対しての不満もあった 






仮説に答えるのは難しい なぜならきちんとした答えは存在しないからだ
第二次世界大戦により起きた帝国の不安定さは現実で知られているけれど、もしそうでなければどうなったかというのは、想像するほかにない

ガンジーの静かなインドでの抵抗が成功したのは、戦争の影響があったからだ ボーズの政治的重要性は、彼の戦時中の立場によるものだ 反乱が起きたのは戦争のためだ そしてその戦争によって、イギリスはこの独立運動を押さえることができなくなったんだ クレメント・アトレーは戦後の余波の中力をつけた イギリス軍のインド兵が忠実で、トーリー党がまだ力を持っていたとしたら、インドの独立もマレーやケニアの独立と同じくらいの血を流しただろうね





みんな、チャーチルの日記を読んでみるべきだと思うけれど、ルイス・マウントバッテンの日記をもとにした本、「Freedom at Midnight」は是非読むべきだと思う この問題についてとても詳しく説明されているから 
ちなみに、分離運動を強制したのはアトリーで、ヒンズー教哲学者として残念だけれど、当時は暦上好ましい時期ではなかったんだ 現代のグレゴリオ暦と違い、インドでは仏教をもとにしたヒンズー暦を使っていることをわすれちゃいけない






↑>現代のグレゴリオ暦と違い、インドでは仏教をもとにしたヒンズー暦を使っていることをわすれちゃいけない
それってどういう意味?





深い答えではないけれど、基本的には、イギリスは単純に放って置いたら勝手に独立した国になったってことだよ





http://www.reddit.com/r/history/comments/2x5rm5/what_finally_achieved_indias_independence/
­
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コメント

*No title

日本も協力したがチャンドラ率いるインド国民軍が独立戦争で戦ったからだろ
それを見た他のインド人たちも蜂起してイギリスは手に負えなくなって逃げ出した

*

外人は無知よのう

*

※2
しかも自覚が無いと来た。
故に始末が悪い。

*No title

連合国の洗脳教育を受けた人たちには、大東亜戦争は日本がアジア独立のために戦った戦争というのはタブーなんだろうな

*No title

ガンジーは過大評価
理想論を言い続けたが実際は大したことしてない
独立はキレイ事だけじゃ成し遂げられない
独立できたのは日本を含む沢山のインド人が血を流した結果だ

平和や非暴力、不服従を訴えているのにカースト制はOKとかかなりグダグダだしな
とはいえ、偉人であることには違いないがそこまでの傑物ではない

*

白人様には日本が悪でないとダメだからな

*No title

日本が独立約束→対抗する為に英国も独立約束→大戦終了→約束不履行→独立運動

日本がアジアの植民地を占領した時点で日本がどうなろうと独立は決定したも同然だった。

*No title

一番マシな植民地?
そりゃ日本のものだろう。
収奪されまくりの白の植民地に比べて、天国みたいなもんだろ。

*No title

発端はインドネシアの独立だよ。

350年も植民地化されてたインドネシアだったけど、大戦後の再植民地化に動いたイギリスやオランダを退けて独立を勝ち取った。
以後東南アジア各国において独立が行なわれた。
正当に血を流して勝ち取った国と違い、タナボタ独立とタナボタ発展を得たどこぞの国もあるが、そういう国は国家のアイデンティティの形成に失敗してるから建国ファンタジーなどを見てもどうなるかお察し。

*No title

周辺の欧州各国植民地が軒並み、日本の進攻で欧州各国の軍事力にも反抗できることがわかって、日本が敗戦で引いた後でも再度の植民地化を防いで独立できるとの考えが持てたことが大きいと思いますよ。 圧倒的な力の差があるとおもっていたものが、実はそうでもないと気付いたのは、流れとして大きな要因だと思います。

*No title

ラグ・クリシュナン 元大統領
インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈もした。驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。
(昭和44年「日本経済新聞」)

*No title

ラダ・クリシュナン 大統領
インドが今日独立できたのは日本のお陰であり、それはひとりインドだけではなく、ベトナムであれ、カンボジアであれ、インドネシアであれ、旧植民地であったアジア諸国は、日本人が払った大きな犠牲によって、独立できたのである。

*No title

ハビブル・ラーマン 元インド国民軍大佐
ビルマ、インドネシア、フィリピンなどの東アジア諸国の植民地支配は一掃され、次々と独立し得たのは、日本が育んだ自由への炎によるものであることを特に記さなければならない。

*No title

チャンドラ・ボース 自由インド仮政府首席
日本軍の勝利はアジアのインド人に感銘を与え、自由獲得の戦いに参加することを可能にした。日本政府は単に自己防衛のために戦うのではなく、英米帝国主義のアジアからの撲滅を期し、更にインドの完全な無条件の独立を援助するものである。

*No title

シシル・ボース チャンドラ・ボースの甥
日本が、アメリカとイギリスに宣戦を布告した時、チャンドラ・ボースは飛び上がって喜びました。彼は、アジアに帰るべきだと直ちに決意しました。チャンドラ・ボースは、我々インドの独立の為、インドが武力闘争を行う為にその協力を日本に求めるべきだと決心したのです。

*No title

グラバイ・デサイ インド弁護士会会長・法学博士
インドは程なく独立する。その独立の契機を与えたのは日本である。インドの独立は日本のお陰で三十年早まった。

これはインドだけではない。インドネシア、ベトナムをはじめ東南アジア諸民族すべて共通である。インド四億の国民は深くこれを銘記している。

インド国民は日本の国民の復興にあらゆる協力を惜しまないであろう。他の東亜諸民族も同様である。

*No title

>ガンジーは過大評価

同意
基本的には、第一次および第二次大戦によって、大英帝国はアメリカに対し、莫大な借金を抱えるはめになった
戦力も大きく削がれた
方々にある植民地を力で抑えていられなくなった
さらに、それまで英国が独占していた植民地の港を、謝金の利子の一つとしてアメリカに共有させることを約束させられた
アメリカは各国の英植民地を強奪、つまり自由経済を進めた
イギリスは、アメリカとの利権争いに負けたという背景も付け加えて欲しい

*No title

ジャワハルラル・ネルー 独立後の初代インド首相
チャンドラ・ボーズが日本と協力してつくったインド国民軍《INA》の裁判で、弁護士として法廷に立ち

「これら立派な若者達の主たる動機は、インド解放への愛情であった・・・彼らの日本との協力は、インド解放を促進するための手段であった。余はチャンドラ・ボーズ氏の独立への情熱を疑わない」と述べた。

*No title

K・サブラーマンヤム 国防次官・国際政治学者
日本の当時の行動は他の帝国主義勢力がした事と異なり、客観的な歴史はやがてアジアの植民地主義の終焉への日本の貢献をきちんと記録するだろう。
東南アジアで日本軍がアメリカ、イギリス、フランス、オランダの植民地占領軍をすばやく撃破した事が戦後の帝国主義勢力のアジア復帰を困難にしたのだ。

*No title

M・L・ソンディ ジャワハルラール・ネルー大学教授
第二次世界大戦の後、東南アジア諸国はインドネシア、インドなどすべてが、次々に独立を達成しました。アジアにおける日本の軍事行動は、世界のどの場所で行われた軍事行動とも本質的に異なったものでした。
なぜなら、この軍事行動は、アジア人がアジアにおいて名誉ある地位を見出そうとした、政治的、社会的、そして思想的な衝撃を持っていたからです。いま、歴史家が評価すべき重要な出来事のひとつは、日本の場合、アジアのナショナリズム或いはアジアの誇り、すなわち、アジアの言葉による将来への展望という意味が、常に存在したことです。

*No title

シシル・ボース ネタジ記念館館長、チャンドラ・ボースの甥
インドの独立には、国民軍の国への忠誠心が大きな影響を与えました。 しかし、我々国民軍を助けてくれたのは日本軍でした。インパールでの戦争で、六万の兵士が、我々のために犠牲となってくれたのです。我々インド人は子供に至るまで、この日本の献身的行為を、決して忘れてはいけないし、感謝しなくてはならないのです。
事実、大東亜戦争はインドの解放を願った独立戦士にとっては天の賜であった。
戦争初期の日本軍の輝かしい軍事的勝利は、暴虐野卑な英国の支配に喘いでいた何百万のインド人に歓喜と勇気をもたらしたのである。

*No title

ラッシュ・ビハリー・ボース インド独立連盟の初代総統
イギリスを印度から一掃しない限り、日本の理想とする大東亜共栄圏の確率は不可能なのである。
東条首相は深くこの点に艦みられ、去る二月二十六日シンガポールの演説に於いて、我々印度人に対し、一日も早くイギリスの束縛を脱却し、「印度人の印度」を建設することを要望された。
ここに東条首相の断乎たる印度援助の声明を聞くことを得て、実に天にも昇る悦びである。今こそアジアの復興する時が来たのだ。今こそ印度を復興する日が来たのだ。

*No title

T・R・サレン 歴史学博士・国立歴史調査評議会理事
日本は、ある特別な動機により戦争に踏み切りました。 アジアの地域が独立すると、日本は共栄圏を設立しようとしましたが、イギリスやアメリカは、ヨーロッパ帝国主義に代わって、日本が居座るつもりだと宣伝しました。
しかし、それは日本の目的ではありませんでした。  東南アジアにおける日本の目的は全く別のことでした。
日本の目的は外国の武力をアジアから駆逐することにあったのです。 ヨーロッパの歴史家も正しい認識により日本を評価しており、現在では日本が戦争に踏み切ったのはアジアにおけるヨーロッパ支配を終結させるためだったということに同意しています。

*No title

戦中に日本が白人を追い出した国々によって大東亜会議が行われ、
白人の植民地主義への抵抗を宣言した。
戦後日本が国際的影響力を失っている時に白人により植民地にされていたアジアアフリカの国々の指導者が集まりインドネシアでアジアアフリカ会議が開かれた際大東亜会議の理念の文言そのままが引用され、 先進国の中で唯一日本だけが招待された。
加瀬俊一外務相参与(後に国連大使となる)は、外務大臣代理で出席したのだが、その時の模様を 「この会議の主催者から、出席の案内が来た。日本政府は参加を躊躇していた。アメリカへの気兼ねもあったが、何分現地には反日感情が強いに違いない、と覆っていた。私は強く出席を勧めて遂に参加が実現した。出てみるとアフリカからもアジアの各国も『よく来てくれた』『日本のおかげだ』と大歓迎を受けた。日本があれだけの犠牲を払って戦わなかったら、我々はいまもイギリスやフランス、オランダの植民地のままだった。それにあの時出した『大東亜共同宣言』がよかった。大東亜戦争の目的を鮮明に打ち出してくれた。『アジア民族のための日本の勇戦とその意義を打ち出した大東亜共同宣言は歴史に輝く』と大変なもて方であった。やっぱり出席してよかった。日本が国連に加盟できたのもアジア、アフリカ諸国の熱烈な応援があったからだ」と語っている。

*No title

理由を一つに絞る必要性はないし、様々な要因によってとしか言えないだろう。
ガンジーが精神的な支柱になっていたのは1つの事実で、これは独立する上で欠かせない。
それから日本がアジア地域で暴れて欧州勢力を一掃したのも大きく、これによってアジアでの支配基板が崩れたし、独立の機運が高まることになった。
ナチス・ドイツが欧州で暴れたのとソ連邦が台頭してきたのも重要で、これによって欧州各国は本国の復興に注力することを余儀なくされ、アジアに継続的に戦力を投射して統治基板を再建することが困難になった。

*No title

西洋人は、特に英国人はよくここまで人に厳しく自分に甘く出来るもんだと呆れるが、日本も少しくらい図々しくなってもいいと思います。

*

ヒトラーと大日本帝国のおかげで結果的に世界中の植民地が解放されたのさ

*

ガンジーは都合よく非暴力という無意味さで綺麗なプロパガンダに使えるから高く評価されてるんだろうな
実際の独立せしめたものは武力だよ

*No title

イギリスにとって、インドを植民地とし続けるメリットがなくなったというのが真相だろうけどね。
インド独立運動といえば、中村屋のカレーだよ。
一度しか食ったことがないけど、うまいよ。

*No title

お題を見ただけで、失笑もの

自国を他国の支配から取り戻すだけの事が、それが、どうして理由がいるんだ
どこまで、自己中心的な考えしか持っていないのか白人共よ
滅びてしまえ、お前達と中国・韓国人は人類のガンだ
死に絶えてくれて結構

*No title

インド独立には日本は大して貢献してない
せいぜい数年早まった程度
大東亜戦争がなくてもイギリスのインド植民地経営自体行き詰まってたからな
大東亜戦争がなければ独立が十数年から数十年遠のいていたのはミャンマーやシンガポールやマレーシアや香港返還あたりだ

*No title

独立ラッシュはナチスが植民地本国の欧州を疲弊させて、植民地にかまってる余力がなかったからというのが最大要因。

*No title

さすがに他国の独立に「日本のおかげ」などという尊大な言葉は使いたくないわ。
日本は「微力ながら力の限り協力させて頂いた」という立場であり、
独立を勝ち取ったのはあくまで自由を勝ち取るために立ち上がった、インド国民たちの力だよ。

*No title

独立したのはいいけどその後のネルーの政策や
敷いた国の路線もマズかったと思うけどな。
何よりイギリスが国民会議派の対抗馬として後ろ盾をしたムスリム連盟が
パキスタンとなって分離独立し混乱や虐殺が発生するし
その後戦争も何度も起こす大きな目の上のコブを抱えて出発したのが痛すぎる。

*No title

ガンジーを過大評価するのはイギリスの恥を隠すための当事の政府との裏取引があったと見てるわ。
東インド会社の非武装勢力への見せしめ目的の焼き討ちやだまし討ち、シパーヒーの親東インド会社派の処刑とか綺麗な戦いばかりじゃない。双方きたねー戦い方してるところの話は避けてるもんな。

でもインドが独立したのは非常に良かったと思うよ。現地に住みたいかはおいといてあんな特異な文化圏は滅多にないよ。
インド芸術とヒンドゥー教の設定ってすごい面白い。(中二病がくすぐられるw)カーストはksだけどな。
日本がインド独立に助力できた事は双方にとって非常にすばらしい未来を切り開く結果になったと思う。

*No title

私もガンジーはイギリスのプロパガンダに使われて人だと思うね
ガンジーはインドで裕福で良い地位の家庭で生まれ、イギリス留学に行ってる
イギリスはあのままインドを統治しても人権問題で世界から反感持たれるだけだった。人口多いし手放した方が良かったろう

18世紀 大飢饉3回 死者数不明
1800~25 大飢饉5回 死者100万人
1826~50 大飢饉2回 死者40万人
1851~75 大飢饉6回 死者500万人
1876~1900 大飢饉18回 死者1600万人

19世紀に2000万人以上が餓死しているのです。イギリスの支配によって、インドは貧困に追い込まれたのです。

*No title

ガンジーは、インド国内でそれ程評価されて無い

*

英国が衰退しきってたのと、日本が欧米列強の植民地にグイグイ進軍してったのと、あとはインドの勇士が血を流したおかげ。
確か独立に一役買ったのはガンジーともう一人いたよね。

*No title

『マレーの民族』酒井寅吉 昭和17年
二月二十二日、スバース・チャンドラ・ボース氏の声明(シンガポール陥落一週間後ベルリンにて)
『印度は過去数十年に亘り自由獲得の為に戦ってきた。しかし英国の帝国主義は、印度だけでなく、アジア民族を圧迫し、今日に至るまで少しの自由も興えようとはしなかった。そればかりでなく、英国は今回も亦印度を従来通り帝国主義戦争に引張り込み、印度の資源を濫用して悪辣なる目的を達しようとしている。しかし、印度人は千載一遇のこの好機を捉え奴隷的桎梏を打ち破ろうと努力しているのである。』十九世紀以来、我々の独立運動が日本で同情をもって見られていることは、我々のよく承知しているところであるが、また同時に印度でも日露戦争で日本が大勝利を収めて以来、日本畏敬の念が高まり、これにより初めて汎アジア思想が湧き上がって来たのである。(略)また英国はガンジー翁と現国民会議派首領ネールを印度の代表のごとく頻りに宣伝しているが、これは事実に反する。千九百三十九年でこれら両者の代表した時代は過ぎ去ったのである。今回の大東亜戦争が始まってからは印度の歴史には新しい時代が開かれたのだ。(以下略)』(p95~p96)

イギリスがガンジーを頻りに宣伝していた時点で・・・お察しだわね。

*No title

大戦で支配国が疲弊したからだろう。

*No title

インドよ独立せよと、日本が煽って手助けしたし、
インド自体も独立の気運が高まっていた。
そして大戦後の経済の疲弊があった。

それから、連合国の掲げた、大義名分に縛られて、
昔のような搾取が出来ないと悟り、もう後戻り出来なくなったんだよ。

*No title

俺以外の人間は全員氏ね

*No title

やはり欧米ではチャンドラーは出ないな
消されてる本物の国士

*No title

 正直、ネットが無かったら、自分はチャンドラ・ボースという闘士のことは何も知らなかったと思う。

*No title

非暴力不服従と言われてるけど、尊厳が踏みにじられるようなら銃を取れと言ってるんだよな。マハマト・ガンディー。

*No title

しかし、イギリス人が植民地支配の正統性を語るのと、
日本人が植民地解放の成果を誇るのは似てるな。

良い一面があったとしても基本的には良くないことだったんだよ。

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